MAツールの移行見積もりで「コンタクトデータは全件移行できます」と言われたら、その言葉だけで安心してはいけません。移行で本当に失われやすいのはコンタクトデータではなく、その周辺にある履歴と設定だからです。
コンタクトの名前やメールアドレス、会社名といった項目は、CSVで書き出して読み込めば移せます。ここで事故が起きることはほとんどありません。問題は、CSVにならないもの、あるいはCSVにできても移行先で意味を失うものです。MarketoとHubSpotの間の移行では、この「移らないもの」の範囲が意外と広く、契約終了後に気づいても取り返しがつきません。
この記事では、MarketoからHubSpot、またはその逆方向の移行で引き継げないデータ・設定を項目別に整理し、旧環境の契約が終わる前に何を確認・記録しておくべきかをまとめます。
移行しても引き継げない代表的なデータ・設定
行動履歴(アクティビティログ)
最も失われやすく、かつ失ったことに気づきにくいのが行動履歴です。メールの開封・クリック、Webページの訪問、フォーム送信といったアクティビティは、コンタクトのレコードとは別の仕組みで記録されています。
これらを移行先で標準のアクティビティとして再現する方法はありません。APIで読み出すことはできますし、開発を伴えばHubSpotのタイムラインイベントAPIやMarketoのカスタムアクティビティAPIで過去日付の参考情報を持ち込むこともできます。ただし、それはあくまでカスタムイベントとしての記録で、標準の行動フィルターやメールレポートでは元と同じようには使えません。実務上は、移行後の新環境で行動履歴はゼロからの蓄積になると考えてください。
これが効いてくるのは、行動履歴を条件にした施策です。「過去90日以内に価格ページを見た人」「直近のセミナー案内を開封した人」といったセグメントは、移行直後は誰も該当しなくなります。移行前にこうした条件を使っているスマートリストやアクティブリストを洗い出し、移行時点の該当者を静的リストとして固定しておく必要があります。
もう1つ、Marketoのアクティビティデータには保持期間があります。標準で25か月(有償の延長オプションで37か月)ですが、メールの送信・配信、Webページ訪問、リンククリックなどの高頻度アクティビティは90日しか保持されません。「あとでまとめて書き出せばいい」と後回しにすると、メールの配信履歴などはすでに参照できなくなっていることがあります。
配信停止・オプトイン情報の粒度
配信許諾まわりは、移行事故が法令リスクに直結する領域です。単純に「配信停止フラグを移せば済む」とはなりません。両ツールで許諾の持ち方の粒度が違うからです。
Marketoの標準は「配信停止(Unsubscribed)」という全体一括のフラグで、配信種別ごとの管理は多くの場合サブスクリプションセンターを自作して独自フィールドで運用しています。一方HubSpotは、サブスクリプションタイプ単位でオプトイン・オプトアウトを管理する仕組みが標準で、しかも各タイプに「未指定」という第3の状態があります。
MarketoからHubSpotへ移す場合、Unsubscribedのコンタクトをどのサブスクリプションタイプの停止に対応させるのか、独自フィールドで管理していたメルマガ別の許諾をオプトイン・オプトアウト・未指定のどれに割り当てるのかを、移行前に対応表として決めておく必要があります。逆方向の場合は、HubSpotの複数サブスクリプションをMarketoの一括フラグと独自フィールドにどう畳むかを決めることになります。
ここを曖昧にしたまま移行すると、配信停止済みの相手にメールを送ってしまう事故につながります。移行前に、旧環境の配信停止リストを必ず単独のCSVとして書き出し、移行後の環境と件数を突き合わせて検証してください。
スコアとその根拠
スコアの数値自体は数値フィールドなので、CSVで移せます。しかし移して意味があるかは別問題です。
スコアは「どの行動に何点を加減点するか」というロジックの積み上げで成立しています。Marketoのスコアリングはスマートキャンペーンのフローで、HubSpotはリードスコアリング機能(エンゲージメントスコア・適合スコア)の条件設定で組まれており、この設定自体は移行できません。数値だけ持ち込んでも、移行先では加点も減点も過去と同じロジックでは動かないため、時間が経つほど数値の意味が崩れていきます。
現実的な対応は、移行時点のスコアを「旧スコア」として参照用の別フィールドに退避し、新環境ではスコアリングを再設計することです。営業への引き渡し基準(例:スコア100点でMQL化)をスコアに依存させている場合は、移行直後の判定基準をどうするかを営業側と先に合意しておく必要があります。
スマートキャンペーン・ワークフローのロジック
Marketoのスマートキャンペーン、HubSpotのワークフローは、どちらも「そのまま他ツールに持ち出せる形式」では書き出せません。移行とは、これらを新環境で作り直す作業だと考えるのが正確です。
失われやすいのはロジックの中身よりも、そのロジックが存在した事実です。長く運用している環境ほど、担当者自身も把握していない自動処理が動いています。データ正規化、フィールドの自動更新、SFAへの同期トリガー、通知アラートなど、目立たないバックグラウンド処理ほど棚卸しから漏れます。
移行前に、稼働中のスマートキャンペーン(またはワークフロー)の一覧を出し、それぞれについて「トリガー条件・処理内容・作り直すか捨てるか」を記録してください。Marketoであればマーケティング活動の各プログラム配下を、HubSpotであればワークフロー一覧を上から順に確認します。判断に迷うものは、少なくとも設定画面のスクリーンショットを残しておくと、移行後に「あの処理は何だったのか」を調べる手がかりになります。
プログラム・キャンペーンの参加履歴
Marketoのプログラムメンバーシップ(誰がどの施策に、どのステータスで参加したか)は、施策の効果測定とナーチャリング設計の土台です。HubSpotにもキャンペーンにコンタクトを関連付ける機能はありますが、「招待→申込→出席」のようなステータスの進行まで含めた参加履歴に対応する標準機能はなく、移行で最も再現しにくいデータの一つです。
すべてを再現するのは諦めて、残す優先度を決めるのが現実的です。少なくとも、直近1〜2年の主要施策について「プログラム名・メンバー・ステータス」をCSVで書き出しておけば、移行後にHubSpotの静的リストやカスタムプロパティとして最低限の履歴を持ち込めます。逆方向の移行でも考え方は同じで、HubSpotのキャンペーンやリスト参加の情報をMarketo側のプログラムに読み込み直す設計が必要です。
メール・LP・フォームの中身
メールやランディングページのHTMLは書き出せますが、そのまま貼り付けても動きません。差し込み用のトークン(Marketoのマイトークンやリードトークン、HubSpotのパーソナライズトークン)は移行先では解釈されないため、全ページ・全メールで置き換えが必要です。
フォームはさらに注意が必要です。見た目のフィールドだけでなく、隠しフィールドでのUTMパラメータ取得、値の事前入力、送信後の処理といった設定が組まれていることが多く、これらはフォームを見ただけでは分かりません。移行前に、稼働中フォームの設定を1つずつ開いて隠しフィールドと送信後処理を記録してください。Webサイトに埋め込んでいるフォームは、埋め込みコードの差し替え対象ページの一覧も合わせて作っておくと、移行当日の作業が明確になります。
なぜ見積もり段階で気づけないのか
移行ベンダーの見積もりで「移行対象データ」として挙がるのは、通常コンタクト・企業・リストなど、CSVにできるものです。ここまで挙げた行動履歴・許諾の粒度・スコアロジック・キャンペーン定義は「移行対象外」または「再構築費用」として別枠になっているか、そもそも言及されていないことがあります。
見積もりを受け取ったら、「移行できるもの」のリストではなく「移行しないもの」のリストを出してもらってください。移行しないものが明記されていれば、それを社内でどう扱うか(諦める・CSVで退避する・再構築する)を自分たちで判断できます。明記されていない場合、その判断は移行後に、選択肢がなくなった状態でやってくることになります。
旧環境の契約終了前に確認・記録する順番
契約終了後の扱いは両ツールで異なります。Marketoは契約が終わると環境そのものにアクセスできなくなります。HubSpotは有料契約の終了後も無料ツールにダウングレードされる形でコンタクトデータ自体は残りますが、有料機能で作った資産は使えなくなります。いずれにせよ、解約通知の期限と終了後のデータアクセス可否をまず契約条件で確認し、可能であれば新旧環境の並行稼働期間を確保したうえで、そこから逆算して以下を進めてください。
- 全コンタクトの全フィールドをCSVでエクスポートする。 移行対象に選ばなかったフィールドも含めて全件残します。移行後に「あの項目が必要だった」となるのは珍しくありません。
- 配信停止・許諾関連のデータを単独で書き出す。 全件エクスポートとは別に、配信停止者のリストを独立したファイルとして保管し、移行後の突合に使います。
- 行動履歴を条件にしているリストを静的化する。 該当するスマートリスト・アクティブリストを移行時点で静的リストに変換し、メンバーをエクスポートします。Marketoの高頻度アクティビティは90日で消えるため、この作業は後回しにできません。
- 主要施策の参加履歴を書き出す。 直近の重要プログラム・キャンペーンについて、メンバーとステータスをCSVに残します。
- 自動処理の一覧と設定内容を記録する。 稼働中のスマートキャンペーン・ワークフローの一覧に、トリガーと処理内容、移行後の扱い(再構築・廃止)を書き添えます。
- SFA連携の設定を控える。 Salesforceなどと連携している場合、フィールドマッピングと同期の方向・条件を記録します。新環境で連携を組み直す際、ここが分からないと同期による意図しない上書きが起きます。
移行は「引っ越し」ではなく「作り直し」を前提に
MarketoとHubSpotは、データの持ち方の思想が異なるツールです。片方の設定をもう片方にそのまま写す発想で進めると、移らないものの多さに移行の途中で気づくことになります。最初から「データは退避、設定は再設計」と割り切って計画したほうが、結果的に手戻りが少なくなります。
移行を控えている場合は、まず本記事の項目をベースに「移行で失うもの・退避するもの・作り直すもの」の3分類で棚卸し表を作ってみてください。この表が埋まらない項目があるなら、それは現環境の設定がブラックボックス化しているサインでもあります。棚卸しの段階から第三者の目を入れたい場合は、MarketoとHubSpotの両方を運用している支援会社に現状診断を依頼するのも一つの方法です。
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